ローズブリット

ローズブリットは、2005年に樫山純三によって設立されたオンワード樫山がプロデュースしているファッションブランド。



アッシュ&ダイアモンド

2007年に強瀬和昭によって設立されたブランド。



アナザーエディション

セレクトショップのUNITED ARROWS(ユナイテッドアローズ)によって2001年に設立されたセレクトショップ。



ユナイテッド アローズ

ビームスを立ち上げた重松埋によって設立されたファッションブランド。現在は代表取締役を務めており、男女を問わずファッション性の高い層に幅広く支持されている。



コムサデモード

「株式会社ファイブフォックス」によって運営されているファッションブランド。株式会社ファイブフォックスにとって、基幹ブランドとなっており、その特徴は、単品の個性を主張するのではなく、トータル・コーディネート(調和)を重視し、黒髪の日本人に合うアイテムを展開しています。



アバハウス

1978年に創業された、「株式会社アバハウスインターナショナル」が運営を行うファッションブランドである。1978年に「アバハウス」、1986年には「(株)アバハウスインターナショナル」を設立しその後、次々にラインを展開する。



ジャーナルスタンダード

渋谷に拠点を構える「株式会社ベイクルーズ」によって設立されたセレクトショップで、自社のオリジナル商品とセレクト商品を合わせて販売している。



シップス

1975年に設立されたセレクトショップ。当初は「三浦商店」として設立されたが、その後、渋谷に「ミウラ&サンズ」を開店させる。1977年に「シップス(SHIPS)」としては初めての店舗を銀座に出した。



ビームス

重松理と土橋昭紳らによって1976年に設立されたブランドである。新光紙器株式会社(現在の新光株式会社.)に入社後、1976年に同社のアパレル事業部を発足し、「ビームス」をスタートさせ、第一号店舗の店長を務めた。



リミ・フゥ

山本里美によって設立されたブランド。「ヨウジヤマモト」を経営する、山本耀司を父に持ち、文化服装学院を卒業した。その後、株式会社「ヨウジ・ヤマモト」傘下ブランドとして創業されたものである。



ツモリ・チサト

創始者である津森千里は1954年、埼玉県に生まれた。文化服装学院デザイン科ファッションデザイン科を卒業し、1977年に、イッセイミヤケが率いる「株式会社イッセイミヤケインターナショナル」に入社。「イッセイスポーツ」のデザイナーに就任する。その後、「イッセイスポーツ」から「IS.Chisato Tsumori Design」に変更し、チーフデザイナーとして活躍した。1990年、「津森千里デザインスタジオ」を設立。



コズミックワンダー

前田征紀によって立ち上げられた活動。ファッションだけでなく、ビデオや写真集などの美術面においても制作も行っており、様々な分野で才能を発揮している。



ア・ベイシング・エイプ

長尾智明(通称:NIGO )によって設立されたブランド。「A BATHING APE(ア・ベイシング・エイプ)」の名称は、正式には「A BATHING APE IN LUKEWATER」であり、「ぬるま湯につかった猿」という意味を表す。映画「猿の惑星」に強いインスピレーションを受けたといわれている。



エヴィス

山根英彦によって設立されたブランド。バックポケットの手書きのかもめマークが特徴となっている。また、ボタンには「エビス」と代表者の名前である「ヤマネ」が刻印されている。



アーカー

福王寺朱美によって設立されたジュエリーブランド。宝石商の家に生まれた福王寺は、ロサンゼルスにて宝石鑑定士の資格を取得し宝石科学研究所の鑑定部長を務める。その後、画家との結婚をきっかけに美術の世界へ関わりを持つ。1997年「アーカー」を設立。



リコ

2002年に望月唯が創業したブランド。セレクトショップのオリジナルブランドとして展開した。ブランド名はトロンボーン奏者の「リコ•ロドリゲス」に由来している。



ヒステリックグラマー

創始者である北村信彦は1964年、東京に生まれた。東京モード学園を卒業後、オゾンコミュニティに入社し「ヒステリックグラマー」を立上げ、次々に国内に店舗を増やした。現在では海外にも進出しており、大企業への成長を遂げたといえる。



イランイラン

1999年、青柳龍之亮がによって設立されたブランドである。ブランド名である「イランイラン」は東南アジアに生息する黄色い花から抽出される香油のことで、「花々の中の花」の意味があることから、名づけられた。



イランイラン

1999年、青柳龍之亮がによって設立されたブランドである。ブランド名である「イランイラン」は東南アジアに生息する黄色い花から抽出される香油のことで、「花々の中の花」の意味があることから、名づけられた。



アツロウ・タヤマ

田山淳朗が1982年に「エム・ティーカンパニー」を設立し、「アツロウ タヤマ」は1991年にパリ・コレクションでデビューした。田山淳朗は1955年に熊本県で生まれた。文化服装学院を卒業し、同年第44回ハイファッション・ピエール・カルダン賞を受賞した。1975年、ヨウジヤマモトの率いるワイズ(Y's)に入社し、4年間フランスでyohji Europe s.a.r.lを設立しディレクターを務める。「ワイズ」を退社後、「エム・ティーカンパニー」を設立し、レディースブランドコレクションライン「A.T.」を発表。



タケオキクチ

菊池武夫によって設立されたブランド。1964年から銀座でオーダーメード服を作り始め、その後パリ等の海外留学を経て1971年に友人たちとレディースウェアブランド「BIGI(ビギ)」を設立。1975年には「MEN'S BIGI(メンズ ビギ)」を設立し、パリに進出した。日本人として初めてメンズの店をオープンし、ショーを開催するなど活動の幅を広げる。



山本 寛斎

山本寛斎は神奈川県で生まれ、岐阜県岐阜市で育った日本のファッションデザイナーでありイベントプロデューサーである。岐阜県立岐阜工業高等学校卒業した。1971年にロンドンでは日本人初のファッションショーとなる「KANSAI IN LONDON」を発表。



サマンサタバサ

株式会社サマンサタバサジャパンリミテッドは、バッグの輸入会社を経営していた、寺田和正によって設立されたブランド。 「ジャパンリミテッド」には、将来的に国際的なブランドにするという決意が込められている。



ヨウジヤマモト

設立者の山本耀司は、オーダーメイドの洋装店を営む両親のもとに生まれた。1966年慶應義塾大学法学部を卒業後、文化服装学院、セツ・モードセミナーへ入学する。1969年卒業し、同年に第25回装苑賞を受賞した。



ユニクロ

山口県宇部市で創業された「メンズショップ小郡商事」が「ユニクロ」のルーツである。創業者の息子である、柳井正が入社して、ヤング向けのカジュアルショップ「ユニクロ」を広島市に開店したのは1984年であった。「ユニクロ」のフルネームは「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」であり、「業界や世間の常識にとらわれない衣料品の倉庫」を意味している。



無印良品

西友ストアの自社ブランド商品として開発された「無印良品」。 商品開発の基本となる考え方は、素材の見直しと精選、生産工程の見直しと無駄の排除、包装の簡素化の3点である。1980年に、トイレットペーパーや歯ブラシなど家庭用品9品目と食品31品目の計40品目で西友の売場にデビューした。その後衣料品が加わり、現在は家庭用品と食品、衣料品の3分野が商品構成の3本柱となっている



ミキモト

創業者である御木本幸吉は、1893年に半円型の真珠養殖に成功し、その12年後には真円真珠の養殖に成功した。彼は、厳しく真珠の品質をチェックし、一定の基準に満たない真珠は躊躇無く処分した。このこだわりは現在のミキモトにも継承されている。



ファイナル・ホーム

津村耕佑によって設立されたブランド。三宅デザイン事務所入社後、1994年に「K・ZELLE」(のちの「コウスケ・ツムラ」)というレディス・ブランドを発表し、1994年秋冬パリ・コレクションで「ファイナル・ホーム」コートを発表した。これは、数十個のポケットが付いたナイロン製のユニセックスコートである。



ハナエ・モリ

森英恵によって設立されたブランド。森英恵は1926年に広島で生まれ、東京女子大学卒業後、ドレスメーカー女学院で学び、新宿にスタジオを設立。その後、数百本の映画衣装を担当するなどして名を広め、1963年に「ハナエ・モリ」を立ち上げた。



ソスウ ミハラ ヤスヒロ

創始者である三原康裕は1972年福岡に生まれた。多摩美術大学染織部在学中から靴を作り始め、以後は独学で靴を作り続け、1997年に「MIHARA YASUHIRO」を創設。



ズッカ

デザイナーの小野塚秋良によって設立されたブランド。彼は1950年に新潟県で生まれ、杉野学園ドレスメーカー学院を卒業後、三宅デザイン事務所に入社し、イッセイ・ミヤケ・オン・リミッツより男性服「オッズ・オン」を発表し好評を得た後、1988年に独立した。



ジュンヤ ワタナベ コムデギャルソン

渡辺淳弥によって手掛けられるブランド。福島県に生まれ、文化服装学院デザイン科を卒業後、「コムデギャルソン」に入社。「トリコ コムデギャルソン」のデザイナーを経て、「ジュンヤ ワタナベ コムデギャルソン」のチーフ・デザイナーに就任し、1993年にパリ・コレクションに初参加し、活躍の場を広げた。



ジュン アシダ / ミス アシダ

京都府に生まれた芦田淳が創始者であるブランド。1966年から約10年間、現皇后の皇太子妃時代の専任デザイナーを務め、1977年に「ジュン アシダ」でパリ・コレクションにデビュー、その2年後にはパリの高級ファッション街にブティックをオープンさせた。



コムデギャルソン

川久保玲によって設立されたブランド。慶応大学で美術を学び、旭化成の広告部で働いた後、ファッション界へ足を踏み入れた彼女は、数年後に南青山に初のショップをオープンさせる。



ケンゾー

高田賢三によって設立されたブランド「KENZO」(ケンゾー)。1970年にギャルリ・ヴィヴィエンヌに「ジャングル・ジャップ」をオープンさせ、着物スリーブのセーターがパリの女性に人気となり、注目を集める。



ケイタ マルヤマ

丸山敬太によって設立されたブランド。1965年、東京に生まれ、文化服装学院ファッション工科アパレルデザイン科を卒業。卒業と同時にアツキ・オオニシによるキャトル・セゾンの企画デザイナーに就任し、1990年に独立し、「ドリームズ・カム・トゥルー」などのミュージシャンやタレント、コマーシャルの衣装デザイン製作で注目を集める。



カネコ・イサオ / ワンダフル・ワールド

創始者である金子功は1939年山口県に生まれた。文化服装学院を卒業後、セツ・モード・セミナーに入学した。文化服装学院の同窓にはコシノジュンコ、高田賢三、松田光弘らがいる。



オゾック

1993年に「O・Z・O・C」は田山淳朗をチーフ・デザイナーに、アパレル企業である「ワールド」から発表されたブランドである。1990年代、世界の企業はマーケティングにコンピュータを採用し、現場の情報を迅速な需要予測につなげるという流れをいち早く取り入れたブランド。



イッセイミヤケ

三宅一生によって設立されたブランド。三宅一生は、1938年に広島で生まれ、多摩美術大学卒業後パリへと渡り、パリ・クチュール組合によって設立された学校を修了した。



 

 

 

 

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